春日神社
〒767-0003 香川県三豊市高瀬町比地中2422

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御由緒

1340年4月(南北朝時代、室町幕府が開かれた2年後)、四国九州の総大将として南朝の臣、脇屋義助(新田義貞の弟)が四国の伊予(愛媛県)に赴き、その家臣である安藤右衛門太郎村重とその弟、安藤右衛門次郎村久も共に伊予に渡ってきた。しかしその直後の5月、脇屋義助は病死してしまった。そこで安藤右衛門太郎村重と安藤右衛門次郎村久の兄弟は三野郡の地に来往してきた。兄の村重は比地中村に住み、氏神として木之本神社(祭神は春日神)を、弟の村久は上高瀬字楠井に住み、新田神社を建てた。それより凡そ百年後、宮ノ谷に爺神山城主詫間弾正の氏神として鬼王明神が祀られていたのを、詫間治右衛門の代、神霊のお告げがあって、「麿は鬼王明神でなく、春日の神である。村の中央の清浄の地に勧請するなら、この村を大いに繁昌させるであろう」と告げられた。そこで村民の協議の結果、一決し春日大明神と改称した。その神霊代(御神体)は皇都(京都)の吉田の社家(吉田神社か?)に請うて受けた。兄の安藤右衛門太郎村重の建てた木之本神社の祭神も春日神であったので、宮砂の地に両社を合祀して春日神社とした。 参考文献:復刻 比地二村郷土誌(抄)
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